肩の上の秘書(9月6日は星新一誕生日)
昨年1年間に認知症が原因で行方不明になったとして警察に届けられたのは1万783人であることが6月25日、警察庁のまとめでわかったと、同26日の宮崎日日新聞に報じられていました。
記事によるとこの数字は前年より461人多く、2年連続1万人を超えているとのこと。そして宮崎県においては、県警が受理した認知症、またはその疑いがある行方不明者は2012年33人、13年47人、14年55人と年々増加しているばかりでなく、死亡につながるケースも少なくないとのことで、昨年は8人の死亡が確認されたと記されていました。
このような状況に鑑み、徘徊する認知症の人を早期発見できるよう、地域で連携する必要があるとして、その取り組み状況が紹介されたのに続き、警察庁の担当者の「徘徊対策には警察だけでなく、地域の見守る目が効果的だ」というコメントが添えられていました。
認知症のある人が、認知症のある普通の市民として、必要な援助を受けながら地域で暮らし、参加、活動していくことはノーマライゼーションや地域リハビリテーション、そして介護保険制度の目指すべき姿であると言えます。
ところで9月6日は作家の星新一の誕生日(1926年9月6日-1997年12月30日)。星新一といえば数多くのショートショート名作がありますが、その中に「肩の上の秘書」という作品がショートショート集、「ボッコちゃん」(新潮文庫)に納められています。この中で未来の人々は各々の肩に秘書役のインコを乗せていて、人が他者と会話をする時、このインコを介して言葉を交わします。例えば会社の上司と部下やセールスマンと主婦が会話する際、それぞれが投げやりでぶっきらぼうに語る本音を、秘書であるインコが美辞麗句に変換し、相手の気分を害さぬように語ることで、コミュニケーションを円滑にし、トラブルを防ごうというものです。
「認知症踏め1万783人」という上記の記事の見出しを目にしたとき、ふとこの「肩の上の秘書」というタイトルを想起しました。ただし、肩の上のインコは単なる通訳でなく、雇い主である認知症の方のために必要なサポートをするまさに「秘書役」。インコはあらかじめ雇い主に関する様々な記憶・情報がインプットされています。そして雇い主が歩き回る際には周囲の諸情報をリアルタイムに収集し、状況把握するとともに、雇い主の「どこに行きたいか」、「何をしたいか」、「誰に会いたいか」などといったニーズをくみ取りながら、それを安全かつ満足できるように遂行するのを支援するわけです。
肩に乗ったインコではなく、イヤホン付きメガネという一体型の装置、さらには現在実用化が進んでいる歩行支援ロボットにその機能が備わっていても良いと思います。目指すべき場所への道順や交通手段の選択、段差等の転倒のリスク発見と回避、買い物における金銭授受の支援や他者との会話時の通訳、そしてバイタルチェック、尿意・便意の検知とトイレへの誘導などを適切に行う一方で、家族などとの連絡も密にとることで介護者も安心できる・・・。そんな「秘書」が実用化されれば、認知症の方も社会の一員として活動・参加でき、生き生きと過ごせるのではないかと思います。
そのための研究や実験は、既に色々なところで取り組まれているのではないかと思いますが、実用化にはまだ時間がかかるかもしれません。だからといって手をこまねいているわけにはいきません。老健施設は行政や医療機関、地域、家族等々と連携を密に取りながら、地域で暮らす認知症の方々の「秘書」となり、その生活をサポートしていかなければならない。とそのように思った次第です。