「みる」ということ
8月28日の日本経済新聞には「みる」ということに関連する記事が上下に並んでいました。一つは「人工網膜で視力回復」という記事。これは、病気で失明した患者に人工の網膜を埋め込んで視力を一部回復させるという大阪大学の実験。失明患者の目の裏側に電極を付け、電気で網膜などを刺激するのだそうです。網膜色素変性症の患者3人を対象に臨床試験を行い、長期間の安全性などを確かめるとのことでした。
もう一つの「みる」ということに関する記事には、「1センチの顔でも瞬時に人物照合」という見出しがありました。これは、NECが人の顔を見比べる精度を大幅に高めた認証システムを開発したという内容。見出しにある通り、1センチ角の画像でも認証でき、その人が年をとっていても対応が可能で、髪型やまゆの形が変わったり、太って顔の輪郭が大きくなっても見間違うことは少なく、見間違う確率は0.3%というから驚きです。
いずれも「みる」ことに関する革新的な、そして今後大いに期待と関心がもたれる記事だと思って読みました。その一方で、私たちがよく用いる「みる」という言葉を思い返してみました。
○見る:視覚によって対象をとらえる。また判断する※(1)
○観る(観ずる):よく観察し思い巡らせて正しく知る※(2)
○診る:医者が患者の具合を調べる※(1)
○看る(看):(よく見る。見まもる。みとる)※(2)
○視る:みる。注意してよく見る。みなす、・・・として扱う※(2)
○覧る:一通り目を通す。広く見渡す※(1)
一口に「みる」と言っても、このように色々な意味合いがあります。私たち老健施設で働く者にとっても、さまざまな「みる」を、その時々に使い分けていかなければならないのだということを、記事を読みながら改めて感じました。
コンピュータの進歩により、様々な分野で技術革新が進んでいる昨今です。近い将来、老健の利用者様をカメラでとらえて、「この方は微熱があるようです」「こちらの方は食欲が無いようです」「あちらの方はお悩みを抱えているようです」「その方は昨日と比べて歩き方が不安定で、転倒の恐れがあります」などと瞬時に判断できるようになるかもしれません。もしそうなるとケアを行う上で大変有効な手段になると思います。しかし現実にそうなったとしても、その情報を活かすも活かさないも私たち次第。常日頃から「みる」ということの大切さを忘れずに業務に励もうと思います。
※(1):ATOKでかんたんビューforニコニコ大百科
※(2):広辞苑
よりそれぞれ引用。