でんちゅうでござる
本日12月14日は四十七士討ち入りの日です。元禄15年(1702年)の今日、大石良雄をはじめとする赤穂浪士47人(実際には寺坂吉右衛門が脱落したため46人)が、吉良義央邸に攻め入って、赤穂藩主浅野長矩の敵を討ったその日の天気は雪。三波春夫さんが「さぁく、さぁく、さく、さく、さく、さく、せんせーい」とやっていましたが、一説によれば、雪が足音を消したおかげで、討ち入りに気づかれずにすんだとか。
そして、師走になるとかつては必ずと言っていいくらいやっていたテレビ時代劇が「忠臣蔵」。豪華キャストを揃え、2時間、いや以上かけてやっていました。しかし、今ではもう昔懐かしい思い出となってしまい、少し寂しい気がします。
この「忠臣蔵」で必ず登場する見せ場の一つが「刃傷松の廊下」のシーン。勅使下向の接待役となった赤穂藩主浅野長矩が、儀礼担当職の吉良義央による屈辱的な振る舞いに耐えかねて、江戸城中は松の廊下(本当はそこではなく、もっと狭い廊下だ、という説もあるようですが)で刃傷に及ぶ場面。「五万三千石所領も捨て家来も捨てての刃傷でござる。討たせてくだされー!」と訴える浅野長矩を、羽交い絞めにして止める梶川与惣兵衛が、「浅野殿!でんちゅうでござる!!」と叫びます。
子供心にこれを聞いたとき「はぁ?“電柱でござる???”」と不思議でしょうがなかったものでした。なぜゆえに江戸時代に電柱があったのか?と。もちろん「電柱」ではなく、「殿中」の誤り。そもそも「刃傷(にんじょう)松の廊下」にしても「人情松の廊下」と思っていたので、「人を切りつけることが何ゆえに人情なんだろう?」と首をかしげていたことを、毎年この時期になるとおかしく、そして懐かしく思い出します。
時代劇(とプロレス)がテレビから消えてしまったことを嘆く高齢者の声を時折耳にします。景気も良くない今、大掛かりなセット、豪華絢爛な衣装、ビッグな役者を使って制作しても、視聴率が期待できない時代劇は、舞台から去らないといけないのかなあ、と少し寂しくなります。もっとも、「レンタルビデオがあるじゃないか」と言われればそれまでなのですが・・・。
「でんちゅう」ついでに言いますと、「でんちゅうしきちりょう」というのがあるのをご存じでしょうか。最初にこれを耳にしたとき「電柱式治療」と思ってしまいました。電柱を使って何をどう治療するんだろうと不思議だったのですが、「電柱敷地料」と知って納得するとともに、恥ずかしくなりました。九州電力のホームページにも「電柱敷地料とは、当社がお客さま敷地内に電柱等を設置させていただく際に、お客さまにお支払いする敷地借用料金で、電柱等の設置に際しては、お客さまから『承諾書』という形でご承諾をいただいています」とあり、ここまで読むと治療法の類とは全く無縁であることがはっきりします。うーん、日本語って難しい。