いちご同盟

2012年1月24日|

  『いちご同盟』(河出文庫)は、芥川賞作家の三田誠広(みた まさひろ)さんの作品です。

主な登場人物は3人の15歳の男女。主人公の北沢良一は音楽高校に行きたい内気な中学3年生。生きる事に疑問を持ち、小学校5年生で自殺した男の子が飛び降りた団地の踊り場に行っては、その壁に書いてあった「どうせみんな死んでしまうんだ」というメッセージを思い出すのです。曲の勝手な解釈を許さず、正確なテンポを要求するピアノ教師の母は、表現豊かに弾きたいという良一の演奏を良しとしません。年子の弟は私立中学のエリート。そんな中で自分とは一体何なんだろうか?と悩む良一の愛読書3冊はいずれも自殺した人が著したもの。

 同じ中学に通う長身の羽根木徹也は野球部のエースで4番。女子生徒からの人気も絶大。その徹也が音楽室でピアノを弾いている良一を訪れ、試合の様子をビデオ撮影してくれ、ただし自分だけを撮ってくれ、女子は撮すな、と注文をつけて頼むところから物語は始まります。

 そのビデオは、徹也の幼なじみで、悪性腫瘍のため入院、片足を太ももから切断した上原直美に見せるためのものでした。自分の活躍を見て、直美に元気になって欲しいと。小学校の頃の直美は成績優秀、バレエや新体操を習い、高校に行ったら小説も書きたいなど、いろんな夢、やりたいことがいっぱいあったのでした。活発で、大きな瞳が愛らしい直美は、徹也がふざけて撮影した良一のピアノ演奏に感動。ベッド横のビデオで何度も繰り返し聴き、そして言葉を交わします。生きる意味を見いだせない良一に、直美は「可能性がある人がうらやましい。自殺のことを考えるなんて、贅沢だわ」ときっぱり。やがて直美は、良一に恋心を抱きます。直美を心の支えとする徹也もそれを応援し、直美を励ましながら、徹也には直美を見舞ってやってくれと頼みます。

 しかし、無慈悲にも病は進行し、腫瘍は腋の下のリンパ節に転移。さらに肺にまで触手を伸ばしていきます。大手術の後、病院を後にする2人。徹也が良一に言います。「死ぬなよ」と。お互いに百歳まで生き、そして直美のことを覚えていよう、と良一の腕を握って訴えます。「同盟を結ぼう。おれたちは十五歳だから、一五(いちご)同盟だ。男と男の約束だぞ」と。もちろん良一は同意します。生きると誓います。

 

 死をもって生きることの尊さを思い知らされる、素晴らしい作品です。タイトルが「いちご同盟」だし、文章の合間にイチゴのマークが印されているし、こいつはありきたりなさわやか青春ストーリーで、2人の男子が1人の女子を好きになって奪い合いとなり、やがて主人公はヒロインと結ばれてハッピーエンド、ちゃんちゃん(^.^)/~~~、てな軽い軽い、そしてイチゴみたいに甘いあまーい読み物かと高をくくって読み始めたら、とんでもないことでした。良い意味で、ものの見事に裏切られました。

 特に、いよいよ直美が危ない、という状況下。深夜近くに帰宅したものの、眠れない長い夜を覚悟した良一がピアノに向かう場面の描写は、鳥肌無しには読み進めません。ベートーヴェンの十五番のソナタ『田園』を弾くわけですが、この曲は「同じタイトルの有名な交響曲第六番と異なり、演奏されることが少ない、目立たない曲」とのことで、良一自身、「ひたすら穏やかで何の感動もない、音による風景画」と酷評していたのです。しかし「曲の勝手な解釈を許さず、正確なテンポ」で演奏するうちに、この『田園』という曲の深さに初めて気付きます。弾き進めるうちに、わざと抑揚をつけ、テンポを崩して、感情をこめようとしていた自分の演奏を恥じ入ります。

さらに、けっして乱れない規則的なテンポの中に、命の鼓動を見出します。単調で、変化がないからこそ、生きていると実感できるような命のリズムをこの曲はとらえている・・・。それを知ることで、良一は、平凡で抑揚も無く過ぎていく毎日の中に、生きる事のすばらしさを悟ります。そしてそれこそは、直美が切望しても叶わないものだ、とも。

演奏終了後、レッスン室のドアを半ば開けて、驚きの表情で演奏を目の当たりにしていた母親の姿を見つけた良一。いままで受け入れられなかった母の教えが正しかったことも、初めて理解します。

 「このシーンは、良一が直美の死を覚悟しながら、自らは『生きよう』と強く誓う、作品の中で最も重要な箇所だ」。ページをめくっては戻り、めくっては戻りを何度も繰り返しながら、そう思いました。芥川賞作家ってすごいなあ、と改めて思い知らされる言葉の力に、ただただ脱帽、平伏する思いでした。

 大切な「命」をお預かりする老健施設に勤める者の一人として、この「いちご同盟」という作品と出会えて、本当に良かったと思います。永遠ではないからこそ、そして一人に一つづつ与えられたものだからこそ、「命」はかけがえのない尊く美しいものだと、強烈に気付かされた名作です。おすすめの一冊です。

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