おぼろ月夜
「菜の花畠に入日薄れ 見わたす山の端霞ふかし 春風そよふく空を見れば 夕月かかりてにおい淡し」。老健の利用者様がご存知の春の歌ベスト3に入る(かもしれない)名曲がこの「朧月夜」です。
「朧(おぼろ)」を広辞苑で引くと、最初に「はっきりしないさま。ほのかなさま。薄く曇るさま。ぼんやり。ほんのり。朦朧(モウロウ)」とあります。いずれもクリアーなイメージとは対極にあります。しかし、日本人にとっては、これがいいんです。「日本人はハッキリしないネ。あいまいはダメよ。はっきりしなさい!おぼろはNo!!ね(`ヘ´) 」と他国の人から言われたとしても、朧昆布、朧豆腐、朧饅頭、そしてこの朧月夜、いとおかし、です。
それにしてもこの「朧月夜」の歌詞はなんとも素晴らしい叙景詩だと思います。特に2番がしびれます。と言っても、5つの風景(うち2つはがそれ発する音)を並べただけなのです。つまり、
(1)里わの火影(ほかげ)
(2)森の色
(3)田中の小路(こみち)をたどる人
(4)蛙(かわず)のなくね
(5)かねの音
これらを列挙し「それがどうした?」と疑問を抱かせておいて、最後に・・・
「さながら霞める(かすめる)朧月夜」
と締めくくっているわけです。ちなみに、この場合の「さながら」は「のこらず、すべて」という意味で用いられていると思います。こいつはやられた!です。結句に至るまでに、それぞれの様子を想像させておいて、これらをいっきに霞めてしまうのですから。そして改めてこれら5つの姿を思い浮かべ直す作業をするうちに、この曲の素晴らしさを再認識し、春のこの時期の「朧」な美しさに心を打たれてしまいます。単に視覚的要素だけでなく、「蛙のなくね」、「かねの音」という聴覚を刺激する要素も入れ込んだところがまたいいです。作詞された岡野貞一氏の思う壺にまんまとはまって、心打たれてしまいます。
4月4日の朝日新聞に、「Jポップ歌詞 瞳閉じすぎ? 目立つ紋切り型に批判も」という記事がありました。最近のヒット曲には、「あれ、このフレーズ、どこかで聞いたような」というのが増えているのではないか?と問題を提起する内容でした。
せっかくの春のこの時期、みんなで「朧月夜」を歌いつつ、その歌詞の素晴らしさを堪能しながら、これから日本の音楽はいかにあるべきか、考えてみてはいかがでしょうか。