八月の獲物(8月19日は俳句の日)
「八月の獲物」は森純の小説で、第13回サントリーミステリー大賞受賞作。1998年8月10日に第1刷が出ています。
ある四月の早朝、八王子駅構内で二人の老人が遭遇します。うち一人は斎藤了介。彼のジャージの背中には白い布が貼り付けてあり、そこには了介が認知症であり、強い徘徊癖があり家族を困らせていることに続けて連絡先がでかでかと書かれてありました。大男の駅員に首根っこを押さえつけられ引き立てられていく了介。もう一人の老人、桶狭間権兵衛(おけはざまごんのひょうえ)は犬を連れて散歩の途中でしたが、彼の前を通り過ぎようとした了介は、隙を見て駅員を突き飛ばし、ポケットからくしゃくしゃに丸めた小さな紙玉を取り出し、権兵衛に渡したのでした。謎の一言を添えて。
紙玉をめくり、開いた権兵衛がそこに見たのは、不動産広告の折り込みチラシの余白に書かれた二つの俳句でした。
「盆が明け 出歩きたきは 夏の宵
田の烏 今朝は急ぎて 雲隠れ
了介」
こんなショッキングから始まった物語は、いきなり「あなたに10億円差し上げます」という現実離れした”10億円チャリティー企画”の新聞広告に急展開します。当然のごとくマスコミで大きく取りざたされる中、大勢の中から抽選で選ばれた3名の男女には3億円の生命保険がかけられた上で、10億円を受け取れる条件としてたった1つ、「8月の1ヶ月を生存すること」が付されます。
「一ヶ月の間、生きていればいい」・・・。簡単なようですがそうはいかない。その後受け取り対象者は謎の死を遂げていきます。そしてこの10億円チャリティーの目的は思いも寄らぬところにあったことが明らかになります。
認知症高齢者を町ぐるみでサポートしようという取り組みや、「徘徊」という言葉の見直しもなされようとしている昨今、愕然とするような始まり方をするこの作品ですが、実はこの話は戦争を経験した高齢者の培った経験や知恵、そして熱き情熱と連帯感が、底流をなしており、他者の知り得ない手法を用いて、壮大な計画が着々と進められていく、という内容となっています。そしてラストは横浜駅に感動の光景が・・・。もちろん詳しい内容を述べるわけにはいきませんが、これは究極の「高齢者の参加と活動」を描いた作品と言えます。
この作品には上記の他にもいくつかの俳句が登場してきますが、これらが非常に重要な役目を果たしています。8月19日は「俳句の日」。残念ながら著者の森純氏は1999年1月25日、肝不全のため48歳の若さで逝去されましたが、素晴らしい作品を残されたと思います。これを機会に、読まれてみてはいかがでしょうか。