「中高年の星」引退

2012年11月15日|

 『輓馬(ばんば)』は鳴海章の作品です(文春文庫、20051110日第1刷)。

 エリート社員から起業、社長として贅を極めた矢崎学。しかし借金に追われて行き場を失い、郷里北海道に戻る。帯広で輓曳競馬(ばんえいけいば)の厩舎を営む兄東洋雄(とよお)を訪ね、仲間や馬と暮らし、触れ合う中で自分を見つめ直していくストーリーです。一般社会と隔絶された厩舎では、極寒の中、一日も休むことなく仕事に追われますが、その中で学は悟ります。「輓馬のレースは人生そのもの」と。

 第一障害と第二障害があるばんえい競馬。学の言う人生の第一障害は二十歳、つまり成人式。大人になるための試練だが、後から考えるとたいしたことはなく、それを過ぎると平坦路。夢中で突っ走るわけです。

 そして第二障害は男の厄年。数えで四十二、満四十一歳。「ちょうど今のおれの年だな」という学にとって、借金取りが第二障害。他の人間が手を焼く気難しがり屋の輓馬「ウンリュウ」と心を交わすうちに、この第二障害に立ち向かう勇気が湧いてくる。「逃げるわけにはいかない。ここまで逃げてきたおれがいうのは何だけど、ここで逃げ出したら、一生逃げなきゃならなくなる」と。ばんえい競馬同様、第一障害よりもはるかに高く立ちふさがる第二障害に、学は真っ向から向かっていくのでした。

 江戸川乱歩賞受賞作家である鳴海章は、『ネオ・ゼロ』などの手に汗握る航空サスペンス・エンタテイメント小説も書いていますが、唯一のばんえい競馬開催地の帯広市出身とあって、この『輓馬』、宮崎県の私たちにもその魅力を臨場感たっぷりに伝えてくれる傑作です。

 さて、テレビや新聞でも報じられましたが、そのばんえい競馬で「中高年の星」として人気を集めた「ゴールデンバージ号」が1028日、引退しました。この15歳の牡馬、人間では60歳くらいになるのだそうですから、世界の鉄人金本選手もびっくり!かも?しかし、成績不振で3年前に登録抹消。あわや食肉となろうかというまさに絶体絶命の状態から奇跡の復活を遂げ、昨年6月には最高齢勝利を果たしたというから、まさしく「中高年の星」です。

 残念ながら関節炎を発症し、引退となったのだそうですが、引退レースではファンの期待を一身に背負い、見事第一障害、そして第二障害を乗り越えて堂々の完走を成し遂げたとのことです。あっぱれ!

 今後は北海道の牧場で余生を過ごすそうです。馬の場合、介護保険サービスは利用できませんが、馬には馬のQOLquality of life:生活の質、生命の質、人生の・・・じゃなくて馬生の質)があります。健康に気を付けて、人間の中高年がこれからも憧れ続けるような、元気で楽しい生活を送って欲しいと願います。

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