捨ててはいけないもの(介護ロボ導入にあたり)

2016年6月7日|

 「3000年の密室」という小説は柄刀一(つかとうはじめ)の作品で、2002320日に光文社文庫から文庫本が出ています。時は1997年、長野県下の中部山岳地帯の洞窟で発見された3000年前の縄文人の「他殺された」男性ミイラが世界の注目の的となる中、その発見に携わった関係者が不審な死を遂げます。主人公で長野歴史人類学研究所所員の弓岡真理子が3000年の時を隔てたそれぞれの死の謎に迫る・・・という内容で、3000年前の人類の生活の様子について詳細な描写を加えながら話が展開されています。

 この物語の中ではパソコンが登場します。1997年といえば、世界のコンピューター事情を大きく塗り替えた「Windows95」が1995年に登場した翌々年で、パソコンが飛躍的に普及していった頃です。詳細を記すことはできませんが、3000年前の殺人の謎の解明、そして1997年という「世紀末」の殺人のトリックの双方において、パソコンは重要な役割を果たしています。そして21世紀となった今日、パソコン等の情報端末は私たちの生活の中にすっかり浸透し、もはや欠かすことのできない存在となっています。パソコンおよびインターネットの登場は、人類の歴史の中で最大の「進化」の一つと言えます。

 この「進化」に関して、この作品には興味深い箇所がありました。主人公弓岡と、登場人物の一人、神崎との会話です。5万年前に生きていた「旧人」と呼ばれるネアンデルタール人が、その死に際して、仲間達から手厚く葬られていたことから、その当時において既に「死者を弔う」という感情を持っていた事を「そんな遙か昔から芽生え、人類を人類ならしめていたもの」と述べた上で、次のような会話が交わされるのです。

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弓岡:「わたし達が新しい世紀へ進化を遂げる時、捨てていってしまうものもあるのでしょうか・・・・・」

神崎:「どうだろう・・・・・。でも、それを捨ててしまっては進化しても意味がないってものもあるんじゃないかな」

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 新しい世紀となった現代。そして2025年問題を間近に控えた現代。国を挙げて介護ロボットの普及を促進し、介護力不足を補おうという取り組みが進められています。「この介護ロボットという『進化』の過程で、『捨てていってしまうもの』はないだろうか?」・・・そのような懸念する気持ちがふっとわいてきました。5万年前のネアンデルタール人ですら持っていた「他者の生命を大事にし、その人の尊厳を守る心」が、万が一介護ロボットの普及という進化を遂げる際に捨てられてしまっては、人類が地上に降り立って以来今日までずっと引き継がれてきた「人類を人類たらしめてきた最も大事なもの」を喪失し、そしてそれは二度と取り戻すことができなくなる恐れすらあるということを認識しなければならない・・・。この二人の会話を何度も読み返しながら、そのように感じました。

 ”人間”という「心ある者」が、ロボットという「心なき物」を用いて、人間という「心ある者」の介護をする・・・これが介護ロボットを導入する上での決して欠かすことの出来ない大前提だと思います。当協会でも介護ロボットの試験導入を今年度より開始しますが、ロボットを用いることにより人間の「心」の部分が飛躍的に向上するようなケアの実践につながることを強く願っています。

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