(社)宮崎県老人保健施設協会の平成24年度の講演会・研修会スケジュールを「お知らせ」のページにアップしましたのでご覧ください。
なお、日程や内容が未定のものもありますが、詳細が決まり次第お知らせしていく予定ですので申し添えます。
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そんな富士山が再噴火?とびっくりさせるような小説があります。その名も、「富士山の身代金」(新潮社)、聞いただけでもぞっとするタイトルです。
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太平洋戦争末期。いよいよ米軍と本土決戦か!?という時、成沢少佐が指揮を執り、極秘の内に進められた秘策、「富号作戦」。富士山地下に洞窟を掘り、大量の爆薬を仕掛ける。表向きには「噴火の危機が迫る富士山の溶岩を、爆破により事前に洞窟を通じて流し出す事によりこれを防ぐ」という説明。しかし実際は、「米軍が来襲した際、富士山の溶岩を本土に流出させ、敵と討ち死にする」という捨て身の戦法であった。
・・・時は流れて現代。どの一味にも属さないテロリスト片桐が、富士山測候所を占拠。その職員のみならず、「日本国民」を人質にとって多額の身代金を国に要求する。未遂に終わった「富号作戦」の爆薬を、盗んだ爆薬50トンによって大爆発させようというのだ。事態を打開しようと雪中を進む警察の特殊部隊は、赤外線スコープによりたやすく見つかり、人工雪崩の餌食に。残された道案内の巡査部長、富田が孤軍奮闘。測候所職員救出に乗り出す。一方、レインジャー部隊一尉だった頃、航空機墜落救出にかかる過失(と世論に攻められ)により左遷、陸上自衛隊を辞めた堂垣は、「なつめの飾り」を防衛庁(現防衛相)長官秘書森村から依頼され調べるうち、片桐の陰謀の核心に触れていく。果たして富士山は爆発するのか!?
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ハラハラドキドキの救出劇。急転直下の展開と、知能犯片桐の結末に絶句。手に汗握るすごい作品です。著者は藤山健二。えっ?「”ふじやま”だから富士山の話を書いたのか!?」って?とんでもない!シャレで書けるような作品ではありません。圧倒されることうけあいです。ご一読あれ。
「海になみだはいらない」は、灰谷健次郎の著書です(新潮社)。表題作をはじめ、「きみはダックス先生がきらいか」、「ひとりぼっちの動物園」の3つの作品が収められています。さらに「ひとりぼっちの・・・」は、5つの小作品からなっています。
この作品を読んいて「はっ!」としたのは、次のページにたどりついた時でした(以下、同作品より抜粋)。
あなたの知らないところに
いろいろな人生がある
あなたの人生が
かけがえのないように
あなたの知らない人生も
また かけがえがない
人を愛するということは
知らない人生を知るということだ
これは、上記「ひとりぼっちの動物園」の冒頭に載っています。
老健施設に勤める者として、利用者様の日常生活活動能力を把握することは当然です。しかしそれだけでいいのか?という問いに対する答えが、この言葉にあると思います。私たち職員は、自らの生活、かけがえのない人生のために老健施設で働いています。そして利用者様の人生もまたかけがえがないもの。利用者様がこれまで歩んできた人生の歴史を知り、そしてこれからの人生に思いを寄せること。「利用者様を愛すること」はそういうことではないでしょうか。愛情のこもったケアプランのもとで、愛情あふれるケアを提供していくために、利用者様の人生を知りたいと思った、そんな一文との出会いでした。
本日は5月23日でございます。この日付、よく見ると、いやよく見なくてもその関係に気付いてしまいます。
すなわち、
5月23日→ 5= 2 + 3
ということです。つまり、
「月の値」=「日の“十の位の値“」+「日の“一の位の値“」
という関係が成り立っているわけです。このような日付は、ほかにどんなのがあるでしょうか?(1月1日、2月2日など、十の位が0の日付は除く)。
1月10日→ 1= 1+0
2月11日→ 2= 1+1
2月20日→ 2= 2+0
3月12日→ 3= 1+2
3月21日→ 3=2+1
3月30日→ 3=3+0
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5月23日→ 5=2+3
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とまあこんな感じで、他にもいろいろとありますね。
老健施設に勤める者であれば、レクレーションなどの際に「今日は何月何日何曜日でしょうか?」などと利用者様に問いかける事もあるかと思いますが、日付を使った数字遊びをするには本日、5月23日は一つの良い機会かもしれません。さあ、レッツ、ませまてぃっくす!ただし、すべての月に、これが成り立つ日付があるとは、かぎりませんよー(=^・^=)。
はっとしました。『宮崎県のことわざ・格言』(鉱脈社)にそれはありました。「手をはなせ
眼をはなすな」という格言です。県内全域で言われているとあります。
これは子育てに関して親のとるべき姿勢を説いたものです。「青少年教育で最も大切なことは、青少年の自主性を最大限に尊重することである。(中略)いつまでも両親の手を煩わし親の指図によることなく自主独立させるためには、早めに青年から手を引き、しかもどのようなことをしているのかは、親(指導者)として見とどけておくという心構えが大切である」。同書にはこのようにありました。自分で考え、行動していくためには、必要以上に手を出さないことが大事・・・ん!?。これは私たち老健施設に勤める者が、利用者様に接する時の心構えにも通じると気づき、はっとしたのです。
老健施設における介護のあり方は、自立支援型介護。リハビリテーション介護とも言えるでしょう。利用者様の自主性を最大限に尊重し、自ら考え、行動できるように支えること。そのためには、必要以上に手や口を出さず、必要なところには適切な介助をタイミング良くしていく事が大事だと言えます。そのためには利用者様ひとりひとりを適切に評価し、その人にとって何が必要なのか、何が必要でないかを見極めるとともに、利用者様が安全に、かつ過剰な負担を強いることなく行動し、生活できるよう、目配り、気配りを欠かさない事が肝要です。
「手をはなせ 眼をはなすな」。宮崎の先人達は、すばらしい心構えを言い伝えてきたものだ、と敬服の念に絶えません。「よだきい」「のさん」といった、ネガティブなフレーズが内外で先行しかねない宮崎県において、「手を離して眼を離さないのが宮崎人(そして宮崎の老健)」というふうに変わって行くといいと思います。そして、宮崎県の老健施設およびそこに勤める私たちが、その実践者になれるならば、素晴らしいことではないでしょうか。
夏の名曲はいろいろあれど、古典的(?)夏の名曲と言えば、その名の通り「夏は来ぬ」です。「夏はこぬ」ではありません「夏はきぬ」です。明治29年、世に出たのは5月。「卯の花の 匂う垣根に 時鳥(ホトトギス)
はやもきなきて 忍音(しのびね)もらす
夏は来ぬ」・・・。子供の頃、「ホトトギス」という鳥と、「ハヤモキ」という鳥の2種類の鳥が飛んできて鳴いているのだと、何の疑問も抱かずに思っていました。もちろんブー!とんだ間違い、いや、ホトトギスだけに、飛べない間違いです。「ホトトギスが早くも来て鳴いて」ということです。「ハヤモキ」という鳥はいない、はずです。なお、「しのびね(忍び音)」を広辞苑で調べると、「陰暦四月頃、ホトトギスがまだ声をひそめて鳴くこと。また、その声。」とあります。つまり、忍び音はホトトギスの専売特許だったんですね。すると、信長、秀吉、家康が鳴かせようとしたのは、この「忍び音」だったのでありましょうか。え?そんな史実はない?
この「夏は来ぬ」の2番。「さおとめが もすそぬらして たまなえうーる
夏はきぬ」とあります。正しくは「早乙女が 裳裾ぬらして 玉苗植うる 夏は来ぬ」。「田植えをする乙女達が、衣(裳)の裾をぬらしながら若苗を植えているよ
ああ、夏が来たんだなあ」という内容になるかと思いますが、今やそんな光景が見られるのは、お祭り等の時くらいでしょうか。この中の「玉苗植うる」、これまた勘違いしてました「玉苗ウール」と(>_<)。羊毛から米ができるはずはありませんね。
それはともかく、天候が替わりやすい季節になってきました。利用者様はもちろん、職員自らも体調管理に努めましょう。
その一環として、衣替えも行いましょう。夏はきぬ(絹)?それとも植うる(ウール)?いいや、夏は麻が一番じゃ!・・・お後がよろしいようで(T_T)。
子供のころ、真剣にそう思っていたのです。「透明な高速道路」だと。そうです。「東名高速道路」のことです。東京と名古屋だから「東名」だなんて、思いもしない。ましてやテレビや漫画や推理小説などに、しばしば「透明人間」が登場していた時代。子供同士で「都会には”透明高速”ていうとがあっとじゃげな」「ガラスででけちょっちゃろか?」「なんかおじいごつあるね」などと本気で話していたのでした。あのピンクレディーが「じつはじつはわたくし、透明人間なのですー」と歌い、踊っていた頃には、さすがに「透明」じゃなくて「東名」だとわかるようになってきたのですが・・・。
4月14日、新東名高速道路(御殿場ジャンクション?三ヶ日ジャンクション間、延長約162キロメートル)が開通しました。これによって、静岡県内の高速道路の渋滞が解消されると期待されるとのこと。地図で見ると、東名高速があって、そして新東名高速があって、2本が並んで走っています。「うらやましいなあ」と思いました。だって、宮崎はまだ1本すら出来上がっていないのですから。
そう思っていたところ、5月11日付けの宮崎日日新聞の1面トップに朗報!東九州自動車道の宮崎?大分間が2016年度中に全線開通するとのこと。ヤッター?(~o~)/。これにより宮崎と延岡の間は1時間15分で結ばれ、一般道よりなんと51分も短縮されるそうですから、これは嬉しい話です。
老健施設に勤め、利用者様のかけがえのない命を預かる者の一人とすれば、特に医療面における恩恵に大きな期待が持たれます。もちろん、観光や物流などにおける利便性も向上し、宮崎県がもっと元気になるといいと思います。そしてこれを機に、宮崎市以南の自動車道整備も進んで欲しいものです。
今はまだ「透明」な道路ですが、形となって私たちの前に姿を現すまであと約4年。多くの人の「命」を救う道となって欲しいと願ってやみません。
五月なのですが、「九月の空」という本を紹介いたします。著者は高橋三千綱。河出書房新社から出されたのは昭和53年ですから、今から34年も前です。第70回芥川賞受賞作品です。
剣道に打ち込む高校一年生、小林勇が主人公。その道を極めたい勇が、仲間や先輩、異性、そして姉や両親と接する中で、悩みながらも成長していく物語です。同年齢の石渡は他校の生徒。剣道一家に育つ石渡に、勇はどうしても勝てない。その一方で、同級生の松山との間に芽生える想い。「バー・ヨーコ」でのバイト。父は売れない画家、それを支える保険外交員の母。快活な姉。そんな中で苦悶する勇は果たしてどういう成長を遂げていくのでありましょうか・・・。
とまあ、そんな内容なのですが、なぜゆえこの5月に「九月の空」を薦めるのか?というと、この作品は「五月の傾斜」、「九月の空」、「二月の行方」の三部構成からなる純然たる青春小説なのです。さわやかなのです。剣道に打ち込む高校一年生の勇の姿が、みずみずしい感動を与えるのです。五月の澄み渡った空、そして薫る風のように、青い、青い、どこまでも青い青春ストーリーなのです。そして本の表紙もこれまた青!青春のすばらしさを再認識させられる名作。これはもう、五月に読むっきゃない!です。
これを読むと、自らが青春時代に戻ったような、みずみずしく、すがすがしく、そしてちょっぴり甘酸っぱい気持ちになりました。そして、青春に定年はないのではないか?とも思いました。すなわち、老健施設の利用者様に対しても、若々しい、生き生きとした気持ちを持ってもらいたい!過ぎ去った、あるいは謳歌できなかったそれぞれの青春を、今こそ満喫してもらいたい!!と、そんな気持ちになる一冊です。主人公の勇が現存していれば、当年とって50歳になるところですが、34年前であることを感じさせない、新鮮さすら覚える作品です。ぜひご一読あれ。