雑談

それた!それない!!

(1)台風3号が東にそれて、宮崎から遠ざかった612日の朝のことでした。気象情報でそのことを知り、その時私は、思わずこうつぶやいたのです、「それた!」と。

(2)そしてさあ、仕事に行こう、と電動ひげそりを手にしスイッチを入れた・・・のですが、うんともすんとも言わないではありませんか!その時私は、思わずこうつぶやいたのです、「それない!」と。

(3)ひょっとして、充電してなかった?いえいえ、そんなことはない!しっかり8時間充電したはずだ。ということは・・・そう、故障です。すっごく安物を買ったのがいけなかったのか?そのときは私はこうつぶやいたのです、「それない!」と。

 

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 解説をしますと、(1)「それた!」・・・。これは「逸れた!」、つまり離れていった、という意味の「それた!」です。

 (2)「それない!」・・・。これは「剃れない!」、つまりひげがそれない、という意味の「剃れない!」です。

 (3)「それない!」・・・。これは「それはないよぉー」、つまり「今からひげをそって仕事に行かないといけないのに、ひげそりが故障しまうなんて、それってないよ!」という意味の「それない!」です。

 以上は612日に本当にあったことなのですが、決して冗談ごとではなく、台風が逸れないことと比べたら、ひげそりが剃れないことは大きな問題ではないと思いました。かつて床上浸水、というよりも、1階天井付まで自宅が水没した経験がある私は、台風のたびに心配になります。我が家のこともそうですが、何よりも、老健施設の利用者様を、自然災害からどう守っていくか、そのことをいつも考えてしまいます。

 台風の発生はこれからが本番です。そして台風に限らず様々な災害を想定し、利用者様のかけがえのない命を守らなくてはならない・・・。故障したひげそりを見つめながら、そのように思いを新たにした次第でした。

台風3号接近中

台風3号(ヤギ)はこれから宮崎県に最接近するものと予測されています。情報を迅速・正確に入手して備えましょう。

 

気象庁台風情報

http://www.jma.go.jp/jp/typh/

 

国土交通省川の防災情報

 

http://www.river.go.jp/nrpc0302gDisp.do?areaCode=89

 

宮崎河川国道事務所

http://www.qsr.mlit.go.jp/miyazaki/

 

MRT宮崎放送警報・注意報

http://mrt.jp/weather/keiho/

462万人認知症高齢者

 61日の朝日新聞一面トップ。少なからぬショックを受けました。「認知症高齢者462万人」という見出しが目に飛び込んできたのです。

 これは厚生労働省研究班の調査による2012年時点のも推計とのことで、本人と家族への聞き取りに加え、画像診断を併用するなどして国際基準に従って専門医が診断した結果だそうです。同省では昨年、介護保険の要介護認定をもとに305万人と推計していたそうですが、それを約1.5倍も上回る462万人という結果は、65歳以上の高齢者の15パーセント。記事に「医療や介護の体制整備が急がれることになる」と書いてありましたが、まったくその通りです。

 今回の調査ではこれに加え、経度認知障害(MCI)と呼ばれる「予備軍」の調査も初めて行われ、その数も驚きの400万人。介護が必要でない初期の段階からの対策が必要であることが浮き彫りとなりました。

 老健施設にとって、この問題から避けることは絶対にできません。各職種が連携し、地域社会の中核となって認知症高齢者、そしてその予備軍の方々の在宅生活を支援していくべく、老健の機能を更に拡大・強化していかなければならない、と思った記事でした。

思考に気をつけよう(看・介部会研修補足)

 518日の看護介護研究部会主催の感染制御対策の研修会の模様は、先ごろのブログで紹介したのですが、研修会の冒頭、講師の南嶋洋一先生(社会医療法人
同心会 古賀総合病院臨床検査部長・感染制御部長)が、次のようなマザーテレサ(1910-1997)の言葉を紹介されました。

 

思考に気をつけなさい、それは(いつか)言葉になるから

言葉に気をつけなさい、それは(いつか)行動になるから

行動に気をつけなさい、それは(いつか)習慣になるから

習慣に気をつけなさい、それは(いつか)性格になるから

性格に気をつけなさい、それは(いつか)運命になるから

 

 感染制御に施設全体が一丸となって取り組んで行くためには、一人一人の日々の思考、心がけが大切で、それが言葉や行動、習慣となり、最終的には施設や私たちの運命をも左右することになる・・・。そしてもちろん、これは感染制御に限ったことではありませんし、仕事だけでなく私たちが日々暮らしていく全てにおいて大事なことだと思いました。この言葉を学んだだけでも研修会を受講した意義は非常に大きいと感じました。

 日本には「言葉は心の使い」ということわざがあります。『広辞苑』には「言葉は心の中にある思いを表す手段である。心の中で思い、考えていることは、自然に言葉に現れるということ」
とあります。しかし、生涯を貧困にあえぐ人たちのため捧げ続けてきたマザーテレサの言葉はそれ以上に心に響くものがあります。

 運を天に任せるのではなく、一日一日、一瞬一瞬、しっかり考えて生きていきたいと痛感した素晴らしい言葉との出会いでした。南嶋先生、ありがとうございました。

5月23日ですアゲインヽ(^o^)丿。

  523日。この日付、毎年気になります。昨年のブログにどんなことを書いたのか?やはりそれが気になっていたことがわかります。

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 本日は523日でございます。この日付、よく見ると、いやよく見なくてもその関係に気付いてしまいます。

 すなわち、

523日→ 5= 2 + 3

ということです。つまり、

「月の値」=「日の十の位の値+「日の一の位の値

という関係が成り立っているわけです。このような日付は、ほかにどんなのがあるでしょうか?11日、22日など、十の位が0の日付は除く)

   110日→ 1= 1+0

    
2
11日→ 2= 1+1

    
2
20日→ 2= 2+0

    
3
12日→ 3= 1+2

    
3
21日→ 3=2+1

    
3
30日→ 3=3+0

     ・・・・・・・・・

   ・・・・・・・・・

    
5
23日→ 5=2+3

     ・・・・・・・・・

   ・・・・・・・・・

    とまあこんな感じで、他にもいろいろとありますね・・・

 

 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 と書いて、あとはレクレーションの一環として、利用者の皆さんと考えてみては?などと締めくくっていたのでした。これではやはり中途半端か?というわけで、2013年の523日を迎えるにあたり、ちゃんと考えてみました。

   110日→ 1= 1+0

    
2
11日→ 2= 1+1

    
2
20日→ 2= 2+0

    
3
12日→ 3= 1+2

    
3
21日→ 3=2+1

    
3
30日→ 3=3+0

    
4
13日→ 4=1+3

   422日→ 4+2+2

   514日→ 5=1+4

     523日→ 5=2+3

   615日→ 6=1+5

   624日→ 6=2+4

   716日→ 7=1+6

   725日→ 7=2+5

   817日→ 8=1+7

   826日→ 8=2+6

   918日→ 9=1+8

   927日→ 9=2+7

  1019日→10=1+9

   1028日→10=2+8

   1129日→11=2+9

  12月・・・ (なし)

 

   

以上21の組み合わせとなり、つまり1年に21日がこの関係式が成り立つわけです(仮に上記に赤色で示した条件をはずし、11日、22日、33日、44日、55日、66日、77日、88日、99日を加えると30日になります)。

足し算だけでなく、引き算、かけ算、割り算などを用いて色々な関係式を考えてみると、1365日、けっこう数字で遊べるかもしれませんね。お試しになってはいかがでしょうか。

認めること・見留めること

 「人間の持つ性情のうちで最も強いものは、他人に認められることを渇望する気持ちである」と言ったのは、哲学者・心理学者のウィリアム・ジェームスだそうです(『生きる力がわいてくる明言・座右の銘1500』、インパクト編)。

 一方、1980年第14回リハインターナショナルによる80年代憲章によると、リハビリテーションとは、「障害をもった個人を援助し、可能な限りその機能を発揮させるように、そして社会の中にインテグレート(統合)させるように、医学的・社会的・教育的・職業的な各手段を組み合わせて実行する過程である。リハビリは、障害を持った個人がなし得ないことよりも、残された能力によって何をなし得るかが重要であるという哲学に基づいている。各人が有する全ての能力を最大限に活用した生活へのアプローチである」とあります。

 日々利用者様と接している際、ついつい「何ができないか?」ということばかりに目が向きがちになってしまいます。しかし、それはその人を「認めない」ことになるのではないか?と反省してしまいます。

 「認める」とは「見留める」ということにもつながります。人が他人に認められることを渇望する存在であるならば、リハビリテーション施設である老健に勤める者として、「何ができないか?」ではなく「何ができるか?」を「見留める」、そして「認める」ことが、利用者様の「認められたい」という渇望に応えるとともに、全人的復権に寄与するのではないでしょうか。

えん‐きょ(燕居)(援居)

 今年はやけに燕が飛び交う姿を見かけます。藤山一郎さんが「柳青める日
燕が銀座に飛ぶ日」と歌った「夢淡き東京」は、今頃の季節なのでしょうか。春の青空がかすむからもうちょっと早い頃かな?

 気がつくと某所に燕が巣を作っていました。いわゆる「営巣」ですね。それにしてもマイホームの家を自分で作るなんてすごいなあ、と思っちゃいます。

 「燕居」“えんきょ”と読みます。『広辞苑』によると、「安らかにくつろいでいること」という意味だそうです。「燕が巣を作るとその家には福が訪れる」とか、「お金持ちになる」など、燕起のいいこと、じゃなくて縁起のいいことわざが色々あります。

 老健施設を利用されている皆様には、各職種のスタッフが専門性を発揮して、総合的なケアを提供することで在宅復帰を実現果たせるよう、そしてその後は居宅で安らかにくつろいだ生活を送れるよう援助していかなければ、と思います。

つまり、『居宅』での“燕居”『援助』する」、ということからこれを「援居(えんきょ)」と名付けたいと思うのですが、いかがでしょうか?どうかなあ(>_<)うーん。

てきらい(摘蕾)

  「てきらい」という言葉があるそうです。「ちゃんと洗ってないでしょ!私、あなたの手嫌いよ(`へ´)」というときの「手嫌い(てきらい)」ではありません。もちろん、老健施設に勤める者は、感染症予防の観点からも常に清潔であることを心掛けなければなりませんけど・・・。

「てきらい」とは、「蕾(つぼみ)を摘(つ)む」という意味で「摘蕾」と書くのだそうです。この言葉を見つけたのは『スワンソング』という小説(角川書店)。著者は大崎善生(おおさきよしお)さんです。

 出版社で編集の仕事に携わる主人公の篠原良は中学1年生の時、認知症の祖母の不可解な行動に大きなショックを受けます。彼女は大切にしているローズガーデンの薔薇の蕾を、「みんな切っちゃおう、今年はだめだ」と言って全部切り落としてしまったのです。これから咲くというのに、しかも一つ残らず切ってしまうとは・・・。良は祖母に対して恐れの念を抱くようになったのでした。「今年はだめだ」と言った彼女は、その年のうちに世を去ってしまいます。

 ところがどうでしょう!その翌年、薔薇は実に見事に咲き誇ったのです。去年のあのときの祖母の言葉は嘘じゃなかったということを、良はその時に知ったのでした。

 そして高校2年生になった時、良は再び愕然とします。たまたま開いた辞典の中に「摘蕾(てきらい)」の2文字を見つけたのです。それには次のように記されていました(小説に出てくる辞典の中の記載です)。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「剪定や植え替えと並ぶ薔薇の代表的な育成方法のひとつで、蕾のできが悪い年にはすべてそれを摘んでしまい、株内にエネルギーを備蓄させて来年に備えるという方法」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 そうです。彼女は「摘蕾」をしたのです。決して「不可解な行動」ではなかったのです。長年の経験と知恵、そして確かな育成技術に基づいて蕾を切り落としたのです。「意味のある行動」だったのです。彼女が長年手入れしてきた薔薇は、それを翌年にしっかと証明してみせたのでした。「認知症だから大切な蕾を切ってしまったんだ」と思い込んでいた中学1年の時の良、それが間違いだったと後に悟ったのでした。

 老健施設に勤めていると、人生の大先輩である利用者様からは日々色々な事を教わります。感謝、感謝の毎日です。認知症がある方でもその言動には何かしらの意味があり、私たちに伝えたいメッセージがあると思います。それを「問題行動だ」と切り捨てるのは、切り捨ててしまう側に問題があるのであり、その言動が伝えんとしている意味をくみ取ろうとする努力を怠ってはいけない、と再認識させられる「スワンソング」の一場面でした。

 なお、この作品は薔薇の栽培云々が主題ではありません。主人公の篠原良と、同僚で同い年の高島由香、そして4歳年下でアルバイトの柏木由布子の俗に言う”三角関係”を描いたものです。したがって「ドロドロ」したり「ギスギス」したりしながら、はかなく、切なく、悲しくストーリーが展開します。だけど全編を通じて、その根底を優しい旋律がゆっくり流れているような、そんな美しい雰囲気が漂い続け、じんわりとした感動に浸れる作品です。大崎善生さんは『別れの後の静かな午後』という名作も書かれていますが、これらには相通ずるメロディーが奏でられているような印象を受けます。両作品を読み比べながら鑑賞されてみてはいかがでしょうか。

五月十五日に思う

 1932年、昭和7年の515日は「五・一五事件」があった日です。「いくさになるよ、五・一五」などと覚えたものです。

 先日、若いスタッフが「自分は”五・一五事件”を調べてるんですよ、それだけじゃなく昭和の頃の色々な事を調べて、写真なんかもネットで探しているんです」と言っていました。聞けば、利用者様が若い頃の色々な情報を検索し、わかりやすいようにまとめて利用者様に見てもらうとのこと。

 色々なことがあった昭和という時代を振り返ることは、利用者様には懐かしく、そして若いスタッフにとっては新しい事なのかもしれません。ネットを使えば色々な事が調べられる現代ですが、利用者様から聞く生の体験談は、これに勝るとも劣らない貴重なものだと思います。

 よい情報集がまとまって、それを利用者様にご覧いただく段になったら、私もその「学びの場」に加えてもらいたいな、と密かに楽しみにしているところです。

CO2とYO2

  地球温暖化の進行を防止するため世界レベルで排出削減への取り組みが行われているのはCO2、すなわち二酸化炭素です(2は小さい文字ですね)。それでは老健施設にとどまらず介護の現場・・・いやいや、国をあげて発症防止に取り組まなければならないもの(のひとつ)とは何か?・・・それはYO2です。え?それは何かって?

 それはYO2だから”よおーツー”、つまり「腰痛」です。などとダジャレを言っている場合ではないのです。事態は深刻です。328日の朝日新聞の1面トップには全国で推定2800万人が腰痛で、40歳から60歳代の約4割の人が悩んでいるという厚生労働省研究班の調査結果が掲載されていました。これは半端じゃない数字です。

それだけではありません。49日の同紙には「現代の国民病」とも言われる腰痛、その大半が原因不明で、マイナス思考やストレスなど、悲観的だと長引く場合もあると報じていました。これだけ多くの人が苦しまされているのに原因不明とは。

これが介護の現場になるとどうなるか?426日の宮崎日日新聞には愕然とする事実が載っていました。「抱え上げず用具活用を 増える介護職員の腰痛」という見出しの記事には、ある老健施設が直面した問題から切り込んでいました。腰痛による休業者が8人にも上り、空きベッドはあるのに職員不足で入所の受け入れができなくなったというのです。

これに続いて、4日以上の休業が必要な腰痛は2011年に4,822件発生し、職業性疾病の6割を占め、これが社会福祉施設での発生となると1,002件、2002年の2.7倍に増えたのだと書いてありました。

このようなことから、国が20年ぶりに腰痛予防対策指針を見直すことになったとのこと。具体的にはリフトなどの用具の積極的使用をすすめたり、腰痛と関連が深いとされる職場のストレス対策を求める方針だそうです。

「仕事が原因の腰痛対策で個人にできることは限られている。職場全体で取り組まないと改善できない」という専門家のコメントが紹介されていましたが、まさにその通りだと思います。せっかく希望とやる気をもって介護の現場で働き出したのに、腰痛が原因で職場を去らざるを得なくなった人の話を聞くたびに胸が痛みます。「腰の痛みに胸が痛む」・・・決して冗談ではありません。

CO2はもちろん、YO2の抱えるこの現状、国民レベルで考えていかないと事態はますます深刻化する・・・。そういう危機感を抱いている人も少なくないのではないでしょうか。

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